投扇興について

投楽散人という者が、ある日昼寝をしていたところ、ふと目を覚ますと、離れた木枕に蝶が休んでおり、傍にあった扇を蝶に向かって投げると、蝶はひらひらと飛び去ると同時に扇子もひらひらと舞って、木枕の上に乗りました。投壷を思い出し、「これはおもしろい」と遊戯にしたというのが「投扇興」のはじまりといわれています。約一間(畳一帖)の距離から、扇を投げ、胡蝶と呼ばれる「的」を落として、その落ち方の点数によって勝敗を決める、日本の伝統遊技の一つで、最近マスコミなどに取り上げられブームになっています。


 日本投扇興保存振興会 きもろーぐ より


琵琶湖の西方、大津の街並を見守るように、美しい緑に囲まれた山懐に三井寺の大伽藍が広がります。やわらかな静寂の中、投扇興の保存振興にご尽力されている、三井寺・円満院門跡の御内室、三浦幸子さんと日本投扇興保存振興会・副会長の上野良子さんに、投扇興やきものについて楽しいお話をおうかがいしました。

Q. 投扇興の魅力はどんなところですか。

A. 上野 -- 最近の遊びは、コンピューターとか、ワープロとか、せわしないでしょう。投扇興は風情がありますしね。それにお行儀もよくなりますしね。

  三浦 -- 一度やって頂くのが一番なんですが...。礼宮様がこちらへお見えになりました時にも、大変楽しまれましてね。道具をお持ち帰りになりましたんですよ。その後、御門跡がお会いになった時のお話によりますと、美智子妃殿下やご家族で親しまれているようですよ。

Q. 年に2回大会があるそうですが、その時はおきものですか。

A. 三浦  そうですね。以前、夏の大会の大文字の頃に鴨川で大会をしましてね。その時は、男の方も、女の方も、皆さんゆかたを着ましたのよ。
  上野 -- 投扇興はやっぱりきものですね。ウールでもよろしいしね。
  三浦 -- 逆に、今、ウールのきものがなかなか無いようになりましたね。
  上野 -- そうですね。晴れ着だけになってきていますしね。そういう意味でも投扇興はカジュアルなきものを着て頂ける場といえるかもしれませんね。何より「きものを着た」という気持ちが大切ですね。ご一緒に行かれる方に合わせたり、お花の咲いている時には、お花のものを着ていこうかしらとか、きものって楽しみがありますね。そう言えば、御内室はこの1月の大会の時には振袖をお召しになりましたね。
  三浦 -- ええ。私達ぐらいになりますと、普段振袖なんか恥ずかしくて着られませんでしょ。それに、若い頃も時代的に振袖なんか着られなかったの。訪問着がせいぜいでしたのよ。結婚の時のお色直しで着ましたけど、写真も一枚か二枚しか写しませんでしたし、おきものだけ残ってもねぇ。それで、投扇興の時だけもって、振袖を着ましたの。頭も若い方のようにして、ワカ〜イ感じでね。たのしいでしょ。 

Q. 投扇興を楽しみながら、きものも楽しまれてるんですね。ところで、今の流行のきものはお好きですか。

A. 三浦 -- 今、流行の大正浪漫にしても若い方が着はると、ものすごくきれいやけどねぇ。私達には、色合いが地味で中途半端なんですね。ほんとに、おばあさんになってしまいますでしょ。(笑)やっぱり、ちょっと赤いのを買いたいと思いますよね。
  上野 -- 私は大正生まれなんですけど、生まれた時の産着を屏風にはってもらって、お雛様の時だけ出すようにしてるんですよ。そしたら、この間「大正って感じがしますよ」って言われまして.....。きものの柄というのは流行がないようで、もう柄が違うんですね。

Q. 屏風にして、というのはきものの新しい楽しみ方ですね。

A. 上野 -- 他にも桜が好きで、枝垂桜を描いて頂いた羽織があるんですけど、地色もちょっと派手になってきましたし、その上、暖房で羽織がいらなくなりましたでしょ。それで、着なくなってしまったんですが、何だか羽織が可哀相で...。そこで、私考えましたの。桜の咲く頃にお客様から見えるところに衣桁にちょっと掛けてみたらどうかしらって。そうしたら、すごく喜んで頂けましたよ。
  三浦 -- 眺めるきものってありますね。この間も、すごくきれいな振袖がありましてね。着ないんですけど、どうしても欲しくなって買ってしまいましたの。それを、箪笥ににこう置いて眺めてますの。やっぱり女はきものがね、いいですねぇ。

インタビューを終えて

お二人のきものについてのいろいろな想い出やご意見には、きものの楽しさを教えて頂きました。その反面御内室の「普段家ではきものなんですが、PTAなどきものでは目立ってしまうので、洋服に着かえてから出掛けるんです。」というお話は、今の社会でのきものの在り方を如実に物語っているようで、考えさせられてしまいました。この度のインタビューで、いろいろとお世話頂きました円満院・執事副部長の森島様にこの紙面をお借りして御礼申し上げます。


 雅に遊ぶ投扇興 (新聞コラムより)  三浦 道明



 起源は江戸の中期?
 緋毛氈(ひもうせん)の上、方形の台に乗せられた胡蝶型の的に向かって扇が舞い、飛ぶ---。
 このような、雅(みや)びな光景を映画やテレビ、また、むかし描かれた風俗図などで見られた人も多いと思う。これは、投扇興(とうせんきょう)という遊びで、一説には平安の御代に端を発したともいわれるが、世に隆盛を極めたは江戸時代である。
 「投薬散人といえるもの、水無月のえんしょに耐えかね、昼寝の夢覚めて、席上残せる木枕の上に一つ羽を休む、傍らにありし扇取って彼蝶に投打てば扇は枕の上に止まり、胡蝶は に飛び去りぬ。そのさま久しき手練なりとも、期はあらじと、我ながらいみじき事に覚えて、今一度扇をとって幾十通り 投るといへど枕の前後に落ちて枕上に止まらず.....云々」との安永のころの文書もあり、これを起こりとするならば江戸中期のころとも言えよう。
 ところで、この投扇興が近年一般に親しまれ、愛好者が増加したのは、六、七年前、私のところで同士で競って遊んだのが始まりである。私が門跡五十六代目を数える円満院は大津市三井寺山内にあり、古来、文人 客の訪れが多く、江戸中期、円山応挙が久しく滞在して名作をたくさん残していることでも名高い。
 そうした環境に育ったこともあって、「遊び」というものが、ともすると人間の欲望の直感的充足に終始する昨今、もっと優美に世俗を忘れて楽しむものはないかとかねてから思案していたが、それを具現したのが投扇興だったのである。  、桜を賞(め)でるにしても、秋、月に親しむにしても、ただ、酒を料理をという前に雅びな風情が欲しいものである。
 私流の「遊びの哲学」に、心の世界、心の遊びが不可されなければ、遊びではないという信条があるが、この意味からすると投扇興はまさに「遊びへの導入」として最適であった。この思いは友人、知己に共感を呼び、昭和四十九年に至り、「日本投扇興保存振興会」(前会長 河本喜久蔵、代表世話人渡辺健次)の結成へと結びついたのである。

  十扇投げて得点競う
 さて、投扇興の遊び方であるが、これは一人でも二人でもよい。二人の場合は的を真ん中にして向かい合って座る。的からの距離はそれぞれ約一間(一・八メートル)。的は高さ二十二センチ、十二センチ四方の台上に乗った、高さ十二センチ、幅六センチの胡蝶型で、両翼端からは糸で鈴がつってある。台は投薬散人の故 にならって枕、的は蝶と呼ばれている。
 十分に開いた扇の要(かなめ)の部分を掌(てのひら)に包み込むように持ち、軽く手元で一回転させてこの的に投げるのである。そばで見ていると、実に容易に見えるが、いささかのコツも必要である。女優の故水谷八重子さん、京塚昌子さん、岡田茉莉子さん、和泉雅子さんらも試みたが、案外とうまくゆかず、野球の張本選手をもってしてもボールを投げるようにはいかなかったようだ。
 昨年九月、礼宮様が円満院にお越しの節、光道、成道、州道、朋恵の私の四人の子供が交互にお相手をし、興じていただいたところ、最初三人まではうまくいかなかったようであるが、四人目になるとコツをつかまれ、本調子となられたようである。興味を持たれたのか、後に投扇興遊具を所望され、お届けしたが、過日、美智子妃殿下にお目にかかったときお尋ねしたところ、時折お楽しみとのことであった。確かに投扇興は始めてみると単純なようで興趣をそそるところがあり、大人、子供、男性、女性による優劣の差がほとんどない遊びでもある。
 現在の競技法は、向き合った二人が互いに五扇ずつ投げた後、”コートチェンジ”をしてまた五扇、合計十扇投げて得点を競っている。得点は的を落とすと一点、的の左右につってある鈴に当たってそれが鳴ると半点というように単純計算をしているが、古式によれば、的と扇のさまざまな模様によってその得点を決めたものである。
 すなわち、的は落ちなくても扇だけ遠く飛んだ場合、これを  と名付けて三点とか、的が落ちてその上に扇が重なると天津鳳といって九点、また的が落ちて扇が台の上に乗った時はかけ橋といって四十九点といった具合である。礼宮様のとき、的が落ち、重なる様に扇が落ちて要の中から的が見えかくれしたことがあるが、これはさしずめ垣間見といって四十五点といったところである。最高得点は台の上に扇が乗り、その扇の上に的が立って乗ったときである。ゴルフでいうとロングホールのホールインワンに相当するもので、およそお目にかかったことはない。台の上に扇が乗り、的が倒れたまま乗ったことは私自身一度経験したことがあるが、今後いつその機を得るか見当もつかない。

 こうしたウルトラCはともかく、的を落とすことさえ初心者にはむずかしい。心持ち手元が傾き気味であったり、姿勢が悪いと扇はもう、横に飛んでしまう。そのデリケートさは表現も困難なほどである。力の勢いで的を落とそうなどと肩ひじ張って勢い込むと、遠くに飛ぶどころか、目の前に直角に落下してしまう。
 扇は目の高さに構え、腕は十分のばして、スイと投げるのがコツであるが、中には頭上高く扇をふり上げて投げ降ろす人もいるが、これはどう見ても好ましい格好ではない。ただ的落としを競うばかりではなく、優雅な立ち居ふるまいこそが望まれ、理想的とされるのが投扇興なのである。競技開始前に、必ず心を落ち着け正座し、両手をそろえて深く一礼することなっているが、これとて行儀作法を重んずるところから来ているわけで、雅びな心がなければ、投扇興はまず落第と思えば間違いない。
 日本投扇興保存振興会の催しは春秋二回開かれ、参加者も年々増加し、春の大会には延べ二百余人に及んだ。指導の「香を聞く会(香道)」も同時に行われる。やはり、全国大会のレベルは高く、優勝を競う人々はほとんど十扇のうちの八扇か九扇を的に当てており、十個すべてを当てるパーフェクトゲームも何回かみられる。


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